苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

若きウエテルの悩み

彼は上田照夫。親しい友人たちからは「ウエテル」と呼ばれている。そんなあだ名だからという訳ではないが、彼は腹を空かせている。若いころというのは、訳もなく腹が減るもので、25歳の彼も例に漏れず、訳もない空腹に襲われていた。時刻は午後3時をまわった…

The Other Side of the Curry

「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」 スタンリー・キューブリック監督が映画化した『2001年宇宙の旅』の原作者であり、SF界のビッグ・スリーとも呼ばれる、アーサー・C・クラークが『未来のプロフィル』の中で言及した「クラークの三法則」…

NGY大学不思議譚⑤ガーになった男

6月上旬。梅雨入り前だというのに、連日雨が降り続けている。そんな憂鬱を振り払うように、学生たちは皆、うきうきとしている。今週末にはN大祭があるのだ。サークルにも部活にも属していない人間からすると、特にうきうきとする理由もなく、むしろ浮ついた…

新世界まで

終わりの始まりは、とある国の地方都市での肺炎の流行だった。 風邪や季節性のインフルエンザが流行するにはまだ早い9月の下旬、その都市では、原因不明の蕁麻疹が流行し、100人近くが亡くなった。この異常事態に政府は調査を開始し、この蕁麻疹が未知のウィ…

Crocodile Dandyism

学生時代、指導教官に「頑張らないというのが君なりのダンディズムなんだろうね」と言われたことがある。当時の私は、今以上に怠惰な人間で、その言葉の真意を理解しようとすることさえ面倒がる人間だった。あれから10年以上経ってわかったのは、自分自身に…

The Doomsday Curry

世間の狂騒に、杜甫でなくても「国破れて山河在り」と嘆きたくなる日々。杜甫ほどの才があれば、あのような素晴らしい詩が出来上がるのだが、才を持たない人間はただただ溜め息を漏らすしかない。そして困ったことに、溜め息ばかりついていると、妙にお腹が…

The Curry Fountains of Paradise

「目には青葉山ほととぎす初鰹」と詠んだのは、江戸時代の俳人、山口素堂である。鰹といえば、初夏の魚で、特に初鰹といえば人々の憧れの的であった。早足で過ぎる季節にすっかり疲弊してしまった金曜の昼休み、癒やしと刺激を求めて駆け込んだカレー屋のメ…

鈴の音がきこえる

何となく眠れなくて、ベッドから這い出した。時計を見ると、23時を少し過ぎたところ。枕元にはまだ何もない。今夜はきっと、世界中の良い子も良くない子もなかなか眠りにつけないだろう。だって今夜は、赤い帽子に真っ白い髭の、あの人が来る夜だから。 リビ…

駅舎にて

ある新月の晩のこと。ある街のターミナル駅の待合室で、若草色のワンピースを着た少女が大きな旅行カバンを脇に置いて、椅子に腰かけている。ラッシュの時間は過ぎたものの、たくさんの乗降客が行き交っており、待合室もほとんどの席が埋まっている。同行者…

Close Encounters of saury

唐の詩人の于武陵(とそれを翻訳した井伏鱒二)は「さよならだけが人生だ」と言っている。人が生きる上で、別れは避けられないものであり、人生の終着点である「死」を迎えた時には、この世界とお別れすることになる。とはいえ、「さよなら」ばかりが人生では…

A Curry Paradise Syndrome

今年は1993年以来の冷夏になると、夏が始まる前に聞いた。だが蓋を開けてみると、殊更暑かった去年と同じぐらいの暑さの日々が続いている。「夏はやっぱりカレー」という風潮もあるが、わたしはこれに断固として反対するものである。暑かろうが、寒かろうが…

夏の魔物

夏の街には魔物が棲んでいる。しかも、深夜の人気のない路地裏に、とかではなく、白昼堂々大手を振って、闊歩している。夜は夜で、息を潜めて忍び寄り、寝ている間に襲われるということもあるので厄介ではあるのだが。 あるロシア人は魔物の姿を見たという。…

The Curry on the Edge of Forever

「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も寝られず」という、ペリーが来航した際の世の慌てぶりを鋭く描写した狂歌がある。さして泰平でない人生でも週の初めは頭がぼんやりしがちだ。そんな頭をたった一杯で覚ますカレーがある。しとしとと雨が降る中を…

台湾彷徨その3

疲れ果てていればぐっすり眠れるだろう、という安易な予想は大きく外れた。相変わらず隣の部屋のシャワー音は大音量で聞こえ、犬は吠え、他の宿泊客の足音や話声は週末ということもあって昨晩よりも大きいくらいだった。 そして迎えた3日目の朝。通常の旅程…

台湾彷徨その2

敗北をビールで流した翌朝。目覚めは決して良いものではなかった。愛すべき四畳半的な部屋は、廊下を人を通ればその音が、隣室がシャワーを使えばその音が、まるで壁などないかのような音量で聞こえてくるのだ。さらに、どういうわけか、深夜に部屋の目の前…

台湾彷徨その1

生来出不精な私であるが、時折遠くへ旅に出たくなることがある。今回の旅もそんな発作的なものの産物であった。 発端は、改元の乱痴気騒ぎが終わり、人々が10連休というはかない夢から覚めた5月中旬にさかのぼる。連休中、ほとんど家から出ずにいた反動から…

月に行った男

たかしへ 父さんは今、月にいます。たかしは信じないかもしれないけど本当に月にいます。死んでしまったことをオブラートに包んで言ってるとかじゃないからな。父さんは生きています。来月には帰ります。 たかしも知っていると思うけれど、月には酸素があり…

Alternative Factor

牛丼屋は殺伐としているべきであると、かつてある人が言った。世の中全体が殺伐としているこの時代に、食事をする時くらいは殺伐から逃れたいと思うのは、贅沢だろうか。そんなことを考えながら、牛丼屋のカウンター席に腰かける。注文は、牛丼ではなく、カ…

ドーナツの穴の行方

穴があったら入りたい。そんな気持ちになることが、誰しも一度はあるはずだ。しかし、そう都合よく穴があいていることなどめったにない。隠れるのに都合がいいかは置くとして、常に穴があいている場所がある。それはドーナツの中心だ。 ちくわやバウムクーヘ…

NGY大学不思議譚④学園祭を歩く幽霊

6月上旬。そろそろ梅雨の足音が聞こえてくる時期であるが、大学内はそわそわしている。それもそのはず、6月の最初の週末にはN大祭が開催されるのだ。もともとは、他の大学と同じく秋の開催となるはずだったのが、第1回の開催直前に伊勢湾台風が上陸し、東…

The Only Meat Thing to Do

カレーに入れるのは牛肉か、豚肉か。この問題については議論が尽きないが、概ね関ヶ原を境に西が牛肉勢力圏、東が豚肉勢力圏とすることができるそうだ。仮に牛肉か豚肉かどちらかしか使ってはいけないというルールを作った日には、「まっぺんやったろみゃあ…

Mr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love Spice

愛知県ではあるが、ほぼ岐阜県と言って差し支えないあたりに住んでいると、三河は未知の世界である。殊に東三河は地の果てであると考えていたほどだ。しかし、人間は楽園を追われて、この世にやってきたのではなかったろうか。つまり、我々が追われた道を逆…

2019: A Spice Odyssey

「カレーは辛え」という駄洒落がある。言えば「季節外れの寒さですね」とか「氷河期にはまだ早いですよ」などのリアクションが返ってくるレベルのものである。しかし、この言い回しは駄洒落であると同時に、事実を端的に言い表したものでもある。つまり、カ…

零れた虹の先に

雨上がりの街に、虹が零れていた。虹は液体ではないし、地面に零れているなんてあり得ないのだけど、零れていた。 恐る恐る近づいてみると、確かにそれは虹だった。そして、零れた虹の先にぼんやりと何かが見える。目を凝らすと、少しずつ視界がはっきりして…

カセットテープ・ライフ side B

彼女と同棲を始めたのは、1年くらい前のことだったろうか。 彼女の名前は「荻野秋子」というのだけど、初対面の人の4割くらいには「萩野」だと勘違いされるそうだ。俺も最初は「萩野」だと思っていて、そのことを付き合い始めてから言ったら、グーで殴られ…

カセットテープ・ライフ side A

彼と同棲を始めて、1年くらい。 彼の名前は「管原文太(かんばらぶんた)」。初めて会った人の6割くらいの確率で「菅原文太」と間違えられるらしい。かくいう私もその6割の側で、付き合い始めてからそのことを言ったら、彼は笑っていた。 お互いの家を行…

Hamburg insanity

ドアをくぐると、そこは…という書き出しを思い浮かべながら、ドアを押してみたところ、開かなかった。しばらくドアの前で四苦八苦していると、見かねた店員さんが中からドアを開けてくれた。 出鼻を挫かれて入店したのは、ハンバーグの店だ。そしてわたしは…

カロリーに寄す

空腹に耐えかねて扉をくぐると、そこはカロリーの楽園だった。しかし、本当に楽園なのか。そこかしこに餓えたサラリーマンがひしめきあっている。その様子はさながら地獄のようだ。楽園とは地獄なのか。答えは否である。地獄に救いはないが、この店には救い…

かぼちゃを食べる日

ハロウィンといえば、かぼちゃのランタンですが、かぼちゃはアメリカ大陸原産の植物で、ヨーロッパにはありませんでした。もともとはカブなどがランタンの材料として使われていましたが、大航海時代のアメリカ大陸の「発見」以降、ヨーロッパにもかぼちゃが…

世界の終わりとその前衛

朝起きたら、世界が終わっていた。 そもそも目が覚めた時には、世界が終わっているなんて思ってもいなかったのだけど、テレビをつけようとしてもつかないし、冷蔵庫の電源も落ちているし、これは停電に違いないと思って、スマホでニュースでも見ようとしたら…