苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

The Curry on the Edge of Forever


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「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も寝られず」という、ペリーが来航した際の世の慌てぶりを鋭く描写した狂歌がある。さして泰平でない人生でも週の初めは頭がぼんやりしがちだ。そんな頭をたった一杯で覚ますカレーがある。
しとしとと雨が降る中を、慣れた足取りで向かうカレー屋。以前は週に1度は食べずにいられなかったのだが、最近とんと足が遠退いていた。久しぶりに扉をくぐると、スパイスの香りが鼻をくすぐる。この時点で満足してしまいそうになるが、カレーは食べてこそである。メニューを見ると、チキンカレーがリニューアルしたとの記述がある。そして今週の週替わりカレーも魅力的である。そんな時どうしたらいいか。答えは単純明快である。ハーフ&ハーフを頼めばよい。
注文してしばらくすると、カレーが運ばれてくる。ライスが「A」の形に盛られているのは、ハーフ&ハーフだけの特権だ。まずはチキンカレーを一口。暴力的なまでにスパイスが利いていて、どこか危なっかしささえあった以前のチキンカレーに比べて、スパイシーさは失われていないものの、安定感のあるカレーに生まれ変わっていた。さながら、触れるもの全てを傷つけるのではないかというほどに荒れていたヤンキーが就職して家庭を持って更正したようである。安定感を得たものの魅力は微塵も失われていない。
そして、今週の週替わりのオレンジココナッツポークカレー。スパイスのトゲトゲしさがココナッツミルクで抑えられて、さらにオレンジの酸味が爽やかさを加えている。優しい味わいでありながらも、きちんとカレーであり、カレーライスである。「チキンカレーよ、いい伴侶を見つけたな」と親戚のおじさんのような気持ちで半分ずつカレーが盛られた皿を眺める。完全な一皿が、ここにある。
左右交互にカレーを食べ、さらに時折混ぜて食べる。カレーを混ぜるとき、それは足し算ではなく、掛け算となる。スパイスの掛け算だ。混ぜ合わせるカレーが異質であるほど、掛け算の答えは味わい深いものとなる。完全な一皿が、さらに二皿分、いや何皿分もの味わいを生む。そうか、人類もこうして歴史を紡いできたのだね。
食べ終えて空になった皿を前に、人の一生、いや人類の、地球の歴史を味わったような満足感を得る。ぼんやりした頭は時として、妙な回路で接続して思考する。そしてパチンとショートして目が覚める。カレーの一皿に、人類の歴史を重ねるなんて、正気の沙汰じゃない。