苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

台湾彷徨その3

疲れ果てていればぐっすり眠れるだろう、という安易な予想は大きく外れた。相変わらず隣の部屋のシャワー音は大音量で聞こえ、犬は吠え、他の宿泊客の足音や話声は週末ということもあって昨晩よりも大きいくらいだった。

そして迎えた3日目の朝。通常の旅程であれば午前中は観光して、午後の便で帰国、となるのだろうが、朝9時発の便に搭乗することになっていたので、そんな時間的余裕は全くなかった。眠い目をこすって身支度を済ませ、チェックアウトしたのは午前5時半を少し回ったところだった。

早朝の西門の街は、まだ「昨日」を終えていない人が少なからずおり、その中を早くも「今日」を始めた自分が歩いて行く。そんな狭間にある街は妙に居心地が良くて、もう少しだけ歩いてみたい、できれば朝食でも、と思ったのであるが、飛行機の時間は決まっている。名残を惜しんで地下鉄の西門駅へ向かう。しかし、地下鉄の始発は午前6時過ぎであり、ここでもまだ「今日」は始まっていなかった。

動き始めた地下鉄に乗り、台北で桃園国際空港行きのMRTへ乗り換える。一昨日は探り探りだったが、今朝は迷うことなく乗り換えられた。MRTの車窓から朝の街を眺めようと思っていたのだが、足りない睡眠のせいからか、うつらうつらして、気付くと空港だった。チェックインカウンターに向かおうとすると、中華民国のものと思われるパスポートを持った人に何事か中国語で尋ねられる。"I can't speak Chinese."と答えると、少し驚いた顔をして、去っていった。

チェックインカウンターは早朝にも関わらずすでに混雑しており、列の最後尾に並ぶ。すると航空会社のスタッフが何事か中国語で尋ねてくる。唯一聞き取れたのは「茶巾」という言葉だったので、「茶巾?」と聞き返すと、また驚いた顔をされる。その後英語で説明を聞くと、「茶巾」に聞こえたのは"check in"で、窓口は混んでいるので自動チェックイン機を使って自分でチェックインしろ、とのことだった。思いがけずスムーズにチェックインできたので、搭乗までの時間を使って、朝食を摂ることにした。


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桃園国際空港の地下にはフードコートがあり、早朝から営業している店舗もいくつかある。その中から、台湾のローカルフードを扱っているお店を選ぶ。最後の晩餐ならぬ最後の朝食に選んだのは、魯肉飯。青菜のおひたしと、キュウリの漬物、白いニガウリのスープがついて、150元。昨晩食べた西門金鋒の魯肉飯よりも少し濃いめの味付けで、朝でもすんなり食べることができた。ニガウリのスープはやや薄味ながらも出汁がしっかり利いており、何よりニガウリの苦味が心地よい。

朝食を済ませて、出国手続きをする。いよいよこれで台湾ともお別れ、と思うと少し寂しくもある。もっと下調べしていれば、と思う場面が何度かあったが、何も調べなくても思いの外なんとかなるな、と思う場面はそれよりもたくさんあったので、差し引きすれば及第点の旅行であった。そんなことを思いながら、お土産売り場をうろうろしてみたものの、荷物の容量が限界だったので、何も買えなかった。今回の旅行の最大の失敗点は荷物を機内に持ち込めるバックパック1つにしてしまったことであるだろう。30リットルのバックパックでは、着替えとカメラと替えのレンズを何本か入れただけでほとんど余裕がなくなってしまう。荷物を増やせない、ということが足かせになる場面が少なからずあったので、次回以降は面倒でもスーツケースを用意すべきであろう。そして何より、液体の持ち込み制限のせいで、お酒を買えない。これは大問題である。幸いなことに、桃園国際空港では手荷物預りもセルフで行える機械が設置されており、待ち時間はほとんどなさそうだった。


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いくつかの後悔を抱えてロビーで待っていると搭乗時刻となる。バスで飛行機のそばまで運ばれ、乗り込む。通路側の席だったので、小さくなっていく陸地を眺めて感傷に浸るという時間はなかったが、日常へスムーズにランディングするためには、その方がかえって良かったのかもしれない。帰国便で供された機内食は、パン付きの唐揚げ弁当という、炭水化物の重ね食べメニューだった。「ライスは野菜だからヘルシーだよHAHAHA!」とでも言えば良いのだろうか。そんなことを思いつつ、ケチャップたっぷりの唐揚げを食べる。日本に帰ってきた。そう思える味だった。

2時間とちょっとのフライトで、中部国際空港に到着。入国審査の窓口を案内するスタッフに、恐る恐る「日本の方……ですか?」ときかれる。何もそんなに恐る恐るでなくてもよいのではないか。そう思いつつも久しぶりの日本語に安堵する。カタコトの英語でやり取りする必要はもうない。これからは愛すべき日常が続くのだ。せめて梅雨が明けるまでは、部屋にこもる休みにしよう、そう決意を新たにして、短い旅行は幕を閉じた。