苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

若きウエテルの悩み

彼は上田照夫。親しい友人たちからは「ウエテル」と呼ばれている。そんなあだ名だからという訳ではないが、彼は腹を空かせている。若いころというのは、訳もなく腹が減るもので、25歳の彼も例に漏れず、訳もない空腹に襲われていた。時刻は午後3時をまわったところ。夕飯にはまだ早い。とはいえ夕飯まで空腹を堪え続けるのも辛い。

空腹を抱えて街を歩く彼の目に飛び込んできたのは、ラーメン屋の看板だった。看板の端には黄色い回転灯がピカピカと光っており、軒先には暖簾も出ている。そして、スープのいい香りが辺りに漂っており、空腹な彼には誘惑に打ち勝つ術があるはずもなく、吸い込まれるように暖簾をくぐっていった。

カウンター席に座り、店員を呼ぼうと手を挙げかけた彼の目がある文字を捉える。

「大盛無料」

その文字をじっと見つめ、彼は呟く。

「大盛無料」

なんと甘美な響きであろうか。とりわけ、彼のような腹を空かせた者には、天上の音楽であるかのように響く言葉である。その響きに身を委ねようとした彼を、彼の中に潜む理性が引き留めた。

「こんな時間に間食したら、夕飯が食べられなくなるから、並盛にしなさい。」

立ち止まった彼に、甘美な響きが呼びかける。

「大盛が無料なのですよ。何を迷うことがありましょうか。」

食欲を満たすべきか、理性に従うべきか。彼は若い。それ故に彼は悩む。

永遠とも思われるほど長い葛藤の末、彼は食欲に、いや「大盛無料」の甘美な響きに身を委ねることに決める。若さ故の空腹の前に、理性はとうとう負けてしまった。

ややあって、大盛のラーメンが運ばれてくる。喜色を溢れさせた彼はがっつくようにラーメンを食べ始める。8割ほど食べ終えたころ、彼に後悔が訪れる。さっきまであれほどお腹が減っていたのに、もうお腹がいっぱいになってしまったのだ。並盛にしておけばよかったと後悔してももう遅い。目の前の丼にはまだ麺が残っており、刻々とスープを吸ってのびている。彼は若い。それ故に己を見誤った。

どうにかこうにか、大盛のラーメンを平らげて店を出る。その足取りはよたよたとしており、若々しさを微塵も感じられなかった。

その後、結局夕飯までに彼のお腹が減ることはなかった。夕飯を抜いた結果、深夜になって再び空腹に襲われた彼は、水を飲んで飢えを癒やした。

「次からは並盛にしよう。」

その時、そう固く誓ったした彼であったが、その決意はそんなに続かないだろう。何故なら彼はまだ若いのだから。