苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

Alternative Factor

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牛丼屋は殺伐としているべきであると、かつてある人が言った。世の中全体が殺伐としているこの時代に、食事をする時くらいは殺伐から逃れたいと思うのは、贅沢だろうか。そんなことを考えながら、牛丼屋のカウンター席に腰かける。注文は、牛丼ではなく、カレー。創業当時のレシピを再現したという謳い文句のビーフカレーだ。

注文して5分も経たないうちにカレーが運ばれてくるのは、流石牛丼屋と言ったところだろうか。期待と共にスプーンを手に取る。

口にいれてまず最初に感じたのは甘さ。野菜も牛肉も正体がなくなるくらいぐずぐずに煮込まれているので、旨みと絡み合った甘みが口いっぱいに広がる。そこで油断してはいけない。これはカレーなのだ。甘みのすぐ後を辛さが追いかけてくる。チェーン店のカレーで、万人向けであるがゆえに、スパイスの香りは控えめだ。しかし、辛さはそこまで控えめではない。甘みで緩んだ舌をビリビリと唐辛子の辛さが刺激する。その刺激が心地よい。
しかし、カレーは辛ければそれでいいのか?答えは否である。チェーン店のカレーだから、と妥協するにしても、やはりもう少しスパイスの香りがほしい。どうしたものかと考えを巡らせていると、カウンターの上の紅しょうがに目が止まる。紅しょうがの酸味と香り。これがカレーに加わったらどうだろうか。恐る恐る試してみる。牛丼用の紅しょうがなのでカレーを台無しにしてしまうかもしれない。そんな恐れは一口含んだ瞬間に吹き飛ぶ。生姜の香りがふわっと広がり、カレーの甘さと辛さもさらに奥行きが広がる。あたかも最初からこうするべきであったかのように、カレーと紅しょうがはぴったりと合った。その後は、紅しょうがあり、紅しょうがなし、紅しょうがあり、紅しょうがなし、と交互に食べ進める。

そして、至福の一時はすぐに過ぎ去ってしまう。ほどよい満腹と、からっぽになった皿を前にして、付属の味噌汁はどのタイミングで飲むべきだったのかを考える。そう、どのメニューにも漏れなく味噌汁がついてくるのだ。カレーで得た満足感を押し流すように味噌汁をすすって、店を出る。次は最初に手をつけておこう。そう決意して見上げた空は、梅雨とは思えないほど爽やかに晴れ渡っていた。