苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

月に行った男

たかしへ

父さんは今、月にいます。たかしは信じないかもしれないけど本当に月にいます。死んでしまったことをオブラートに包んで言ってるとかじゃないからな。父さんは生きています。来月には帰ります。

たかしも知っていると思うけれど、月には酸素がありません。酸素がないということは、紫外線を遮るものがないということです。それはとてもお肌によくないことなので、日焼けしないように父さんはずっと宇宙服を着ています。母さんにも月へ来ることがあったら、紫外線対策をしっかりしてさらに宇宙服を着るように言っておいてください。油断したらシミだらけになっちゃうからな。

そして、月にはウサギがいます。しかもたくさん。そこら中で、毎日毎日餅をついています。だから父さんたちは毎日つきたての餅を食べています。お正月なんか比べものにならないくらい、ずっと餅ばかり食べています。しかも月は重力が小さくて、運動も全然できないから、体重がどんどん増えています。たかしや母さんのところに帰るころには、誰かわからないぷくぷくになっているかもしれないな。でも地球の重力の下で運動したらすぐに痩せると思うから、安心してください。

それから、月にはカニもいます。知らなかっただろう?ズワイガニが毎日どこからともなく湧いてでてくるので、捕まえて茹でてみんなで食べています。でも父さんは甲殻類アレルギーだから、カニとかエビとかいても食べられません。父さんの友達の山中さんは来る日も来る日も餅とカニを交互に食べては、「盆と正月がいっぺんに来たみたいだな。」と言っています。山中さんのところには、もう一生分の盆と正月が来てしまったと思うので、地球に帰っても盆と正月は抜きです。たかしも宿題をちゃんとやらないとおやつ抜きだぞ。

お土産には「萩の月」を買って帰ります。月じゃなくて仙台にいるんじゃないかって?「萩の月」はもともと月の銘菓なんだぞ、よく覚えておけよ、たかし。工場のおじさんが仙台出身で、月のお土産に、って毎回買って帰省していたら、いつの間にか仙台のお菓子屋さんが真似して作りはじめたらしい。「地球のもんはすぐ自分とこのものにしたがる!」っておじさん怒ってたぞ。たかしも他人のもの取ったりしたらダメだぞ。おじさんに怒られちゃうからな。父さんと母さんも怒るし、悲しむ。でもな、父さん、本当はお土産のお菓子類だと「博多通りもん」の方が好きなんだ。これは、たかしと父さんだけの秘密だぞ。おじさんに怒られちゃうからな。

そろそろ通勤の乗り合い牛車が来る時間なので、今日はこのあたりにしておきます。父さんが帰るまで、母さんと仲良く暮らしてください。

月面より愛を込めて

父さんより