苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

カセットテープ・ライフ side A

彼と同棲を始めて、1年くらい。

彼の名前は「管原文太(かんばらぶんた)」。初めて会った人の6割くらいの確率で「菅原文太」と間違えられるらしい。かくいう私もその6割の側で、付き合い始めてからそのことを言ったら、彼は笑っていた。

お互いの家を行き来するのが面倒だとか、どうせ家賃払うなら、2人一緒に住んだほうがお得だからとか、理由をつけようとすれば、どうとでもつくけど、結局のところ、「まぁなんとなく」で一緒に住み始めたというのが本当のところ。

ただ、一緒に暮らしてみてわかったのだけど、文太くんは朝早くて、帰りも早い仕事をしていて、私は逆に朝遅くて、帰りも遅い仕事をしているから、起きている時に顔を合わせることはほとんどなかった。毎日食卓で顔を合わせて、「シチューをごはんにかけるかどうか」とか、些細なことで喧嘩したりするんだろうなぁみたいな妄想をしていたけど、一人で住んでるのとほとんど変わらないかも、と思ったりもする。ただ、食事の用意は彼がしてくれるので、「常に食事が用意されている幸福」を噛み締める毎日である。

ある日、仕事から帰ると、リビングの電気がついていた。時刻は23時を回ったくらい。いつもなら文太くんはとっくに寝ている時間なのに、今日は珍しく、ぼけーっとテレビを眺めていた。眺めていた、といったけど、ほとんど目が開いてなくて、とても眠そうなのが、見ているだけでも伝わってくる。どうしたんだろう、何かあったのかな。今日って何か記念日だったっけ?

「ただいま。こんな時間まで起きてるなんて、珍しいね。」

それとなく探りを入れてみたのだけど、

「たまには起きてる秋子さんと会いたくて。」

えへへ、と笑いながら彼は言った。まぁ、そんな日もあるよね。

「おっ、今日はハンバーグなんだ!」

夕飯のメニューが好物というだけでちょっと浮かれてしまう私。端から見てもわかるんだろうなぁと思いながら食べていると、案の定、彼はじーっとこちらを見つめている。

「ひょっとして、ソースとかついてる?」

照れ隠しでそんなことを言ってみたのだけど、

「普段あんまり気にしてなかったけど、すごくおいしそうに食べてるなあと思って。」

と、本心を見透かしたような言葉が返ってきた。こうなったら開き直るしかない。

「そりゃあ、おいしいもの食べてる時は、そういう顔になるよね。」

そう言うと、彼は一瞬びっくりしたような顔をした後、ちょっと顔を赤くして、うつむいた。どうだ、まいったか。

「ごちそうさま!おいしかったよ!」

遅い時間だし、たくさん食べたら太るかなぁという罪悪感を抱きつつ、あっという間に平らげてしまった。やっぱり、家に帰ってきて、ごはんが用意されているのは、幸せなことだよね。多分、今すごくにやついた顔してるんだろうなぁと思いながら、文太くんの顔を見たら彼もにやついていて、なんだかとても気持ち悪い二人になってしまったのだけど、こんな日も悪くない。