苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

NGY大学不思議譚③振り出しに戻る時

気がつくと、図書館の机で眠っていた。時計は午前10時を指している。

5月下旬、大学祭に向けてそわそわしている学内で、私は一人レポートに取り組んでいた。楽に単位が取れそうだと思って履修した講義が、「原稿用紙に手書きで書評を書いて毎月末に提出すること」というやたら面倒な課題付きだったのである。

今月も月末が近づいてきたので、そろそろ書評に取りかからねば、と思ったのが昨日の夜。まさに書き始めようとしたその瞬間に、同じ講義を取っている常磐くんが下宿に尋ねてきて、どういうわけか、豊田講堂裏手の雑木林へ本山原人を探しにいくことになった。本山原人なんてものがいるはずはないと思いつつも、彼に付き合うことにしたのは、現実逃避がしたかったからかも知れない。結局、一晩中雑木林を歩き回って、「手に入れたのは『苦労』でした。」というオチだったのだが、常磐くんは季節外れのカブトムシを捕まえて大変嬉しそうにしていた。来月の大学祭で「賭けカブトムシ相撲大会」を開いて大儲けするらしい。

今朝、下宿に帰っきて、机の上に真っ白な原稿用紙が広げられている現実に向き合った私は、危機感を覚えて、図書館で書評に取りかかることにしたのだが、夜通し歩き回った疲れからか、知らぬ間に眠ってしまっていたのだ。

しかし、まだ午前10時だ。集中して書けば、お昼過ぎには終わるに違いない。そう思って、書き進めてみたのだが、思うように筆が進まない。遅々として進まないのである。

こういう時は、気分転換をするに限る。外の空気を吸うのもいいが、徹夜明けの身体に日光を浴びるのはつらい。むしろ薄暗くてカビ臭いようなところに行く方が落ち着くような気がして、図書館の地下書庫に向かった。

地下書庫には、もう何年も人が触れていないような本がずらりと並んでいるが、収納の効率を考えてなのか、すべて電動の移動書架になっている。通路を歩いていると、大型本を集めた書架があったので、面白い本はないかと、近づいてみた。

その時である。急に牛の唸り声のような音が聞こえてきた。不思議に思って振り替えると、書架が近づいてきていた。誰かが、私が中にいることに気付かず、書架を動かしたようだ。慌てて通路へ逃げ出そうとした私は、自分の足につまずいて転んでしまった。転んだ拍子に頭を強くぶつけたようで、だんだん意識が遠のいていく。短い人生だったなぁと思ったところで、目の前が真っ暗になった。

 

気がつくと、図書館の机で眠っていた。時計は午前10時を指している。

地下書庫で転んで、頭を強打して昏倒する夢をみたような気がするのだが、頭がぼんやりしている。

そして、今は夢のことよりも、目の前の書評を終わらせることが重要である。まだ午前10時だ。集中して書けば、お昼過ぎには終わるに違いない。そう思って、書き進めてみたのだが、思うように筆が進まない。遅々として進まないのである。

こんな時は、気分転換をするに限る。先ほど見た夢では、地下書庫で酷い目にあっていたから、ここは外の空気を吸いに出るべきだろう。

エントランスを抜けて、外に出る。やはり、徹夜明けの身体には、新鮮な空気と日光に限る。そう思って、入り口横でぼんやり立っていると、突然「危ない!上!」と叫ぶ声がした。

上に目をやると、図書館の外壁のタイルが何枚も剥がれて落ちてくるのが見えた。そのうちの1枚が私の頭に直撃した。激しい痛みとともにだんだん意識が遠のいていく。短い人生だったなぁと思ったところで、目の前が真っ暗になった。

 

気がつくと、図書館の机で眠っていた。時計は午前10時を指している。

図書館の外壁が剥がれて落ちてきて、直撃する夢をみたような気がするが、果たしてあれは夢だったのだろうか。頭がぼんやりする。

今は夢のことよりも、目の前の書評を終わらせることが重要である。まだ午前10時だ。集中して書けば、お昼過ぎには終わるに違いない。そう思って、書き進めてみたのだが、思うように筆が進まない。遅々として進まないのである。

さっきの夢でもこんな状況だったし、夢の中の夢でもこんな状況だった。そして、さっきの夢も、夢の中の夢も、妙にリアリティがあって、頭に受けた衝撃もありありと思い出せた。

さっきのは夢ではなくて、本当にあった出来事で、タイムリープしているのではないだろうか。ここまでの出来事を私はそう結論付けた。このループから抜け出すには、私が致命的な怪我を負わずに、書評を書き上げる必要があるに違いない。

そうとなれば、書くより外に方法はないのだが、全く筆が進まない。こんな時は気分転換をするに限るのだが、一体何が原因で負傷するかわからない。地下はダメだし、外に出るのもダメだった。館内で何か気分転換をしなくてはならない。

ひとまず、2階の雑誌コーナーで適当に雑誌を眺めることにした。

何か起こるのではないかとびくびくしながら、雑誌をめくっていたが、何も起こらなかった。そのまま雑誌を読んだりしながら過ごして、気付くと、時刻は11時30分を過ぎていた。

そろそろ執筆に戻ろうと、階段を下りていると、自分の足につまずいて、階段から転げおちてしまった。そしてまたしても頭を強打した私は、意識を失った。

 

気がつくと、図書館の机で眠っていた。時計は午前10時を指している。

やはり、時間が巻き戻っている。このループから早く抜け出さなければならない。

 

その後、私は、負傷せず、書評を書き終えるために、考えうるあらゆる気分転換の方法を試した。しかし、その度に何らかの理由で(主に自分の足につまずいて転ぶことで)負傷して意識を失ってしまい、何度も何度も振り出しに戻ってしまうのだった。

 

何度目かわからない目覚め。時計は午前10時を指している。

もうどうあがいても、このループからは抜け出せないのではないだろうか。そう思うと、あれこれ考えるのも面倒になってしまったので、二度寝をすることにした。今回どうするかは起きてから考えればいいのだ。今はもうとにかく、現実から逃げ出したい。そう思って、再び目を閉じた。だんだん意識が遠退いていく。

 

気がつくと、下宿の布団で寝ていた。時計は午後5時を指している。

とうとうループから抜け出せたのだ!まさか「何もしない」が正解だとは思わなかった。歓喜のあまり「うへへへへ」と気持ち悪い笑いが思わずでてしまう。すると、隣の部屋から「うるせぇ!」と怒鳴り声が聞こえた。いつもなら苛立つその声も、今日はいとおしく感じる。時間が一方向に流れる素晴らしさよ!

ひとしきり喜びを噛みしめて、机の上の原稿用紙に目をやる。ループから抜け出せたのだ。当然書評は完成しているに違いない。

机の上の原稿用紙は、真っ白のままだった。