苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

NGY大学不思議譚① コンビニエントな増殖は止まらない

私の通っている大学の構内には、コンビニがある。そのコンビニには、レジ打ちの際にやたらと客に話しかける店員さん─ここでは仮に葉本さんとしよう─がいて、面白がられたり、鬱陶しがられたりしている。

ある日の夕方のこと、指導教官の部屋で卒論の指導を受けていると、小腹が空いたらしい指導教官は、私にコンビニで何か小洒落たチキン的なものと野菜ジュースを買ってくるよう言い付けた。おつりでプリンを買ってもよいと言われたので、私は浮かれ気分でコンビニへと向かった。

客の少ない時間帯だったからか、店内には葉本さんしかいなかった。野菜ジュースと、自分用に、陳列された中で一番大きいプリンを手にしてレジに向かい、チキンを注文した。葉本さんは手際よくレジを打ち、商品を袋に詰めると、笑みを浮かべてこう言った。

「チキンのおつりなので、チキンと確認してくださいね。」

葉本さんの接客が面白がられたり、鬱陶しがられたりする理由は、これだ。手際のよさは誰しも認めるところだが、商品に絡めたダジャレを言うのである。余裕がある時ならば笑って流せるし、時折、なかなかの名ダジャレが飛び出すので、面白いこともあるのだが、急いでいる時や混雑している時などにもダジャレが飛び出すので、それが鬱陶しがられる要因になっている。

その日の私は、卒論の指導を受けてぐったりしていたので、力なく笑って、おつりを受け取り店を後にした。

指導教官の部屋に戻り、チキンと野菜ジュースを渡すと、

「僕のプリンはどこ?」

と言われたので、私は泣く泣くプリンを差し出した。プリンが食べられないなら、この部屋にもう用はない。チキンを嬉々として頬張る指導教官を尻目に、部屋を辞去した。

下宿に帰る途中、どうしてもプリンのことが忘れられなかったので、大学と下宿のちょうど中間あたりにあるコンビニに寄った。先ほどのよりは小さいものの、なかなか食べごたえのありそうなプリンを見つけた私は、小躍りしながらレジへ向かう。そこで信じがたい光景を目にした。

葉本さんらしき人物がレジに立っているのだ。大学内のコンビニとは違う系列の店にも関わらず、である。

他人の空似だと思うことにして、プリンをレジに置く。会計を済ませて、商品を受けとる。すると葉本さんらしき人物は、

「今日もおつかれさまでした。プリンを食べてたっプリン休んでくださいね。」

と葉本さんを特徴付けるものであるダジャレを言った。やはり他人の空似ではないようである。掛け持ちでアルバイトでもしているのだろうか。尋ねる度胸もなかったので、もやもやした気持ちとプリンを抱えて店を後にした。

翌日、丸の内にある愛知県図書館に向かう途中のこと。下宿の最寄である名古屋市営地下鉄本山駅の上にあるコンビニに寄ると、再び信じがたい光景を目にした。

葉本さんらしき人物がレジにいるのだ。なんとなく気味が悪くなり、何も買わず、店を後にして地下鉄に乗った。

丸の内の駅で降りて、図書館へ向かう途中、無性に喉の渇きを覚えたので、駅の真上にあるコンビニに向かった。今になって思えば、飲み物を買うだけなら自動販売機で済んだのである。しかし、コンビニへ入ってしまったのだ。

「いらっしゃいませ!」

聞き覚えのある声がした。声の主の方へ目をやると、葉本さんがそこに立っていた。さっきは本山駅の上にあるコンビニにいたのに。得体の知れない恐怖を感じ、すぐに踵を返して、無我夢中で図書館へと走った。

その途中、人にぶつかってしまった。尻餅をついた相手を助け起こそうと手を差し出そうとして、私は凍りついた。ぶつかった相手は葉本さんだったのだ。

とうとう恐怖を抑えきれなくなり、悲鳴をあげながら、丸の内の駅へと走った。きっとこれは悪い夢なんだ。家に帰って寝て、目が覚めたら現実の世界に戻れるんだ。そう自分に言い聞かせながら。

脂汗でぐしょぐしょになって、やっとの思いでホームにたどり着くと、ちょうど地下鉄が到着するところだった。

これで帰れる、と安心したのも束の間のことだった。ふと座席の方を見ると、葉本さんがそこに座っていた。しかも1人ではない、腰かけている全員が、いや車掌も運転手も全員が葉本さんなのである。

恐怖と混乱のあまり、吐き気を催し、1駅で地下鉄を降りた。駅のホームを歩いている人々も駅員も、すべて葉本さんの姿をしていた。気が狂いそうな光景の中、吐き気をこらえながら、ほうほうの体でトイレに駆け込む。胃の中身をすべてぶちまけると、少しではあるが気が落ち着いたので、一体何がどうなっているのか考えることにした。とはいえ、考えたところで答えが出るはずもなかった。しかしながら、個室に篭っている間だけは、他人に遭遇することがないということに気付いた私は、この悪い悪い夢が覚めるまで、ひたすら待つことにした。

どれほどの時間そこにいたのかはわからないが、ようやく気持ちを落ち着けることができたので、家に帰ることにした。

トイレから出ようとして、洗面台の鏡に映った自分の姿を見た時、私の意識は徐々に失われていった。鏡に映っていたのは、葉本さんだったのだ。

意識が途切れる間際、鏡の中の葉本さんがニヤリと笑うのを、私は確かに見た。