苦悩の大きさだけは文豪並み

なけなしの文才の無駄遣い。

NGY大学不思議譚②本山原人は雑木林に消えた

かつて、「本山原人」と呼ばれる人々がいた。彼らは毎朝、どこからともなく名古屋市営地下鉄の本山駅周辺に現れて、四谷通りの坂をぞろぞろと列をなして南下していく。皆揃いも揃って、薄汚いシャツにリュックサックを背負い、前傾姿勢で歩いていく姿は街行く人々の目にとても奇異に映ったという。

彼らはどこへ向かっていたのか。NGY大学だ。つまるところ、本山原人とは、NGY大学の学生の垢抜けなさを揶揄した表現なのである。

しかし、本山原人がNGY大学近辺をぞろぞろと歩いていたのは、過去の話である。2004年に名古屋市営地下鉄名城線が延伸され、NGY大学に直結する駅ができると、学生たちは皆その駅を使うようになった。また、学生たちも少しずつではあるが垢抜けて、原人の謗りを受けないで済む程度には身なりに気を使うようになった。

こうして、本山原人の存在は過去のものとなった。…はずだった。

ある日のこと、講義の空き時間に図書館前のベンチで本を読んでいると、同級生の常磐くんが息せききって走ってきて、こう言った。

「豊田講堂裏の雑木林に本山原人がいた!」

NGY大学のキャンパスは妙に広く、キャンパス内に畑やら雑木林やらがあったりするのだが、常磐くんはそこで本山原人を見たというのだ。彼は以前、学内のコンビニで働いている葉本さんが、本山駅のコンビニで働いているのを見たという、本当なのか嘘なのかよく分からないことを言っていたので、今回も話半分に聞くことにした。彼によると、リュックサックのようなものを背負った毛むくじゃらの男が、雑木林の中をうろうろ歩き回っていたとのことである。

まず、教育学部所属である常磐くんがなぜそんなところにいたのかという疑問が浮かんだが、彼はそのあたりのことを何故かはぐらかして、本山原人の詳細を語りたがった。そこから推測するに、この話は作り話だろうと私は思った。

「そこまでいうなら、証拠を見せてよ。」

私がそういうと、彼はスマートフォンを取り出し、本山原人を撮ったという写真を見せた。写真は不鮮明であったが、リュックサックのようなものを背負った毛むくじゃらの男が写っているように見えた。写真から判断すると、どうやら彼の話は本当らしい。しかし、簡単に画像編集ができるこのご時世である。彼が見せた写真は編集によって作られたものかもしれない。そう思って、写真を眺めていると、

「そこまで疑うなら、一緒に見に行こう。なんなら捕まえて、東山動物園なりテレビ局なりに売り払っちまおう。」

と彼は言う。

幸い、次の講義まではまだかなり時間があったので、彼の話に乗ることにした。本当に本山原人がいたのなら、儲けもの、いなかったとしても、次の講義までの暇は潰せる。

キャンパス内を貫く四谷通りを渡って、雑木林へ向かう。そこには思っていたよりもずっと立派な林があった。本山原人はいないにしても、猿くらいならいても不思議ではない。常磐くんは妙に慣れた様子で、林の中を歩いていく。

「僕が本山原人をみたのは、あのあたり。木の根元にしゃがみこんで、キノコでも採ってるみたいだった。」

彼の指差す方をみると、確かにキノコを採ったような跡が残されており、その近くには、明らかに人のものとは違う形の足跡も残っていた。足跡を追っていけば、本山原人と遭遇できるかもしれない。

淡い期待を抱いて、足跡を辿っていくと、黒くて、ごわごわした毛のようなものが落ちていた。本山原人は毛むくじゃらのはずだ。体毛が抜け落ちていても、不思議ではない。さらに足跡を辿る。今度はキノコやらドングリやらの食べかすが落ちていた。本山原人は本当にいるのかもしれない。

そう思いながら、目を上げると、リュックサックのようなものを背負った毛むくじゃらの生き物がそこに立っていた。本山原人だ。

驚きで一瞬息を飲む。次の瞬間、

「捕まえろ!」

常磐くんが叫ぶ。その声に驚いたのか、本山原人は雑木林の奥へ向かって逃げ出した。

呆気にとられたのも束の間、すぐに本山原人の後を追う。木の根やら、石やら、落ち葉やらで走りにくい中を必死になって追う。

そのうちに、本山原人が、木の根に足をとられて転んだ。これを好機とばかりに、一気に距離を詰め、二人で飛びかかる。本山原人の身体に手が触れたと思った次の瞬間、辺りが強い光に包まれ、思わず目をつぶる。目を開けると、本山原人は姿を消していた。走って逃げた気配はしなかった。光と共に忽然と姿を消したのである。常磐くんの方を見ると、彼も何が起こったのかわからないようで、きょとんとしていた。

我々が見た本山原人は一体なんだったのか。そもそも本当に見たのか。二人が同じ幻を見たのではないのか。そんな疑問が頭の中をぐるぐるしていたが、時計を見ると、次の講義の時間が近付いていた。今の出来事については追い追い考えることとして、雑木林を出た。

そこに大学はなく、だだっ広い原っぱに、ナウマンゾウが闊歩していた。どうやら我々は本山原人になってしまったようだ。