河童との対話
今日、不思議な体験をした。
河童と対話をしたのである。
その河童―ここでは仮に杉山くんとしよう―は大学の同じゼミの後輩だ。
杉山くんのことは以前から知っていたし、当然のことながら、彼は人間であると私は思っていた。
彼が河童であることが発覚したのはひょんなことがきっかけであった。
大学から帰る車の中で、杉山くんと寿司の話をしていたのである。
回転寿司で、最後に何を食べるか、という話だ。
私はそこいらの河童には負けぬほどキュウリが好きだ。
なので、寿司屋に行った際には「カッパ巻きで始まり、カッパ巻きで終わる」を主義にしている。
私がそう話し、彼に同意を求めると、彼は顔を曇らせた。
「実は」
彼は言う。
「俺、河童なんですよ。だから、カッパ巻きは、ちょっと・・・。」
「ほう、君は河童なのか。」
私はなるべく平静を装って聞き返す。
「で、いつから河童なのだね。」
「去年の秋ぐらいになったんです。」
私は妖怪の類の知識は持ち合わせていないが、河童は生まれながらに河童であると思っていた。
しかし、どうやら、河童は「なる」ものらしい。
「河童になるにはどうすればよいのかね。」
「市役所で申請を出せばなれます。誰でもなれるってわけではないですけど。」
河童とは行政によって権威付けされた存在であるらしい。
「申請する窓口は?どういう条件を満たせば河童になれる?」
私は矢継ぎ早に質問する。
次元を異にする世界に住んでいると思っていた河童が思いの外身近な存在であることに軽く興奮を覚えていたのだ。
「窓口は市民課です。戸籍に関係する部分とかあるので。条件はいろいろあるんですけど、とりあえず泳ぎがうまくないとだめですね。」
私は杉山くんが高校時代、水泳部に所属して、事ある毎に脱ぎたがる青年であることを思い出した。
「それで、泳ぐ際には特殊な水着を着用してもよいのかね。」
「だめです。基本的に何もつけずに泳ぐのです。」
北島某やらイアン某やらの着用しているあの水着は使用できないらしい。
河童の世界はあくまでも実力勝負、ということか。
ここで私は違和感を覚えた。
杉山くんは河童だと言うが、甲羅も背負っていないし、皿も乗せていない。
そもそも河童には「なる」のだ。
一体甲羅やら皿やらはどうなっているのだろうか。
生えてくるのだろうか、それとも市役所から支給されるのだろうか。
私は杉山くんに尋ねる。
「それで、河童のシンボルたる甲羅と皿は支給されるのかね。」
「あれは自腹です。甲羅は100万円くらい、皿は50万円くらいします。それと、オプションで、水かきをつけたりもできます。」
水かきはオプション、らしい。
「それから、体の色を変えることもできます。
基本は緑なんですけど、青とか、最近だとピンクが人気です。」
「桃色の河童とはずいぶんと破廉恥な色の河童だな。」
「CMでピンク色の河童が出てたじゃないですか。あれ以来流行ってるみたいです。」
河童の世界にも流行り廃りがあるようだ。
もともとが人間であるから当然と言えば当然なのだろう。
「ところで」
と私は切り出す。
どうしても聞いておきたいことがあったのだ。
「「河童の川流れ」という言葉があるが、泳ぎの得意な河童が本当に川に流されるようなことがあるのかね。」
杉山くんは苦笑する。
「河童をなめないでください。川で流されるのは「自称河童」です。市役所に申請していない、ただ自分で「河童だ」って言ってるだけの奴らです。」
私には全く理解できないことであるが、世の中には河童に憧れる人々もいるのだ。
それにしても、彼は本当に河童なのだろうか。
果たして河童がこれほど簡単に正体を明かしてしまってよいものなのか。
いやいや、市役所で申請できるほどなのだ、正体を隠す必要はないだろう。
いっそのこと、彼に本当のことを尋ねればすむ話であるが、もし彼が本当に河童であれば、彼を信じないことになってしまうし、もし河童でないのであれば、私は後輩の妄言を鵜呑みしてだまされた阿呆な先輩になってしまう。
あれやこれやと思い巡らせているうちに杉山くんの家についてしまった。
「それじゃあ、失礼します。送っていただいてありがとうございました。」
そう言って、玄関へと歩いていく彼の背中が心なしか膨らんで見えたのは、気のせいだろうか。